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【CEOの歩み2】会社員という「安全圏」を捨て、マレーシアで起業した理由——バングラデシュで痛感した「意志決定」の重み

09 Apr 2026

現在、私はマレーシアで金融スタートアップを経営している。しかし、キャリアの大部分において、私は「起業家」ではなく「組織の一員」だった。

会社員時代に起業という選択肢は私の頭にはなかった。ただ、マイクロファイナンス(小口融資)を仕事にしたいという一心で、イギリスの大学院へ進み、その後バングラデシュの4つの組織で働き、中間管理職も経験した。

そこで経験した「もどかしさ」こそが、私を起業へと突き動かす原動力となる。

アジア最貧国でのマネジメントと、越えられない壁

起業直前、私は東京に本社を置く企業のバングラデシュ拠点長(現地CEO)として赴任した。エンジニアとしての背景はなかったが、経営面を統括する役割をしていた。

当時のバングラデシュは「アジア最貧国」と称されるほど過酷な環境。文化もインフラも日本とは根底から異なる。30人ほどの現地チームを率い、拠点を軌道に乗せるのが私の任務。

しかし、そこで直面したのは、中間管理職としての圧倒的な「もどかしさ」だった。

「責任」はあるが「決定権」がないという現実

なぜ起業したのかと問われれば、答えはシンプル。「自分の意志で、最終決定をしたかった」からである。

東京の本社メンバーは、現地の治安や環境への懸念から、一度もバングラデシュを訪れることはなかった。現地で市場調査を進めようとしても、遠く離れた日本からの指示と現地のリアリティが噛み合わない。

例えばエンジニアの採用一つとっても、本社は日本の基準を譲らない。現場を見て「こうすべきだ」という確信があっても、私にはそれを決める権限がなかった。それでいて、結果が出なければ責任は現地CEOである私に帰ってくる。

この経験から、私は強く思った。現場の現実に基づいた判断を下し、その結果に全責任を負う立場、すなわち「起業家」にならなければ、本当にやりたいことは成し遂げられないと。

「ゼロ」から立ち上がる起業家たちとの出会い

「日本円にして約5000万円もの資金調達に成功した」

この話を聞き、私は衝撃を受けた。葛藤の日々の中で、私の背中を押してくれたのは現地の起業家たちだった。

貧困層向けに、音声入力でレシートを発行する仕組みを「ゼロ」から作り上げている人物に出会う。社会課題を解決したいという純粋な想いが、人を動かし、資金を動かす。その熱量に、私は強く背中を押された。

その後、別のIT企業の経営者と出会い、意気投合した。私の「金融」の知見と、彼の「IT」の技術を掛け合わせれば、アジアの人々がもっと自由に資金へアクセスできる仕組みを作ることができる。

彼の知見と人脈があるマレーシアを新天地に選び、現在の「Funding Bee」が誕生した。

起業を志す人へ:起業すべきタイミング

私の経験から伝えたいアドバイスは一つ。「これが自分の天命だ」と思える分野を見つけるまで、安易に起業しないほうがいい、ということ。

起業初期は、計画通りに売上が上がらないのが当たり前だ。私自身、自分の給料を後回しにし、貯金を切り崩して生活する時期が長く続いた。

それでも折れずにやってこれたのは、ただ単に「マイクロファイナンスが好きだから」。この分野であれば、どれだけ苦労しても飽きることがない。

「この仕事自体が幸せだ」と心から思えるテーマに出会えた時、それは起業のタイミングかもしれない。

以前の私のように、資金へのアクセスがないために夢を諦めそうになっている起業家たちへ。その想いに寄り添い、共に歩んでいきたい。好きなことに向かって一歩を踏み出す勇気を、私たちは全力で支え続ける。それが、私の願いでもある。 

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